不登校は一括りには出来ない
不登校はそれぞれの子どもによって理由も背景もまったく違います。だから一括りに論じられることにいつも違和感を覚えます。
わが家の次男は教師によるいじめが原因でPTSDを発症し不登校に。
一方、長女は学校が好きでしたが、授業の進め方や学び方がどうしても合いませんでした。
小学生の頃は本人がその悩みについて言語化できず、私も長女の本当の困りごとに気付けなかったことから不安定さが前面に出ている不登校でした。
小6あたりで本当の理由がわかり、中学では学校に行けるように工夫し努力もしましたが、このままでは勉強自体が嫌いになってしまう恐れが出てきたので家庭で学ぶ「ホームスクール」に方向転換しました。
次男と長女は見た目には同じ「不登校」ですが、家庭での対応はまったく異なりました。
長女の場合 ― 自分で選んだ学び方
長女はホームスクールという学びの形を選んだだけなので大きな学校行事には参加してきました。行事においての係の仕事も当然引き受け、練習や事前準備の授業には弁当を持参して参加。午前と午後で行事関連の授業があるときには、一旦帰宅してまた登校する日もありました。

勉強は家庭で進め、学期に数回ノートやデータをプリントアウトしたものを提出しています。
学んでいる内容が学校の進み方と違うため通知表に反映されることはありませんでしたが、それも含めて親子共に納得し学校と歩み寄りながら続けてきました。
今、長女はのびのびと勉強に励んでいます。そして私の住む自治体は内申を使わない選抜方法があるので、それを利用して自分で選んだ全日制高校進学を目指しています。学校も協力的で本当に感謝しています。

次男の場合 ― 上書きする勇気
次男は担任を発端としたイジメよる不登校でPTSDも発症しました。中学校の3年間は学校と放課後デイサービスを使いながらの「リハビリ期間」と位置付けることを本人と決めて過ごしてきました。
放デイでは人に慣れる練習を重ね、学校では「学校や教員は怖いものではない」という感覚を少しずつ取り戻していきました。

次男は被害者でしたが時間は誰であっても同じように流れます。
いずれ義務教育が終わり社会へと踏み出す日が必ず来ます。だからこそ苦しんだ学校という場所、そして人は「怖いものではない」と上書きすることが必要でした。
3年間、親子で何度も何度もぶつかりましたがスモールステップで乗り越え、上書きは成功し本人の夢であった校舎のある高校に進学を叶えました。

本人が夜間定時制を選んだことで体調にも余裕ができ、今では三年前とは比べものにならないほど回復しています。
また人や場所は怖いところではないと理解しつつも、自分にとって危険だと思ったらすぐに逃げることの大切さも学びました。
そして次は大学進学という夢に向かっています。
子どもたちが前を向けるように
学校に通う子にもいろいろなタイプがいるように、不登校の子にもさまざまな姿があります。
ただそれだけのことなのに、なぜ人はひとまとめにして語ろうとするのでしょう。
世の中にはひどい教員もいます。次男も被害を受け、回復をしているとはいえ今もその影響に苦しんでいます。
けれど同時に次男を支えてくれた素晴らしい教師も確かにいます。
同様にとんでもない保護者もいますが、必死に子どもと学校に向き合い踏ん張っている保護者もいるのも事実です。
保護者も教員も自分の周囲の出来事だけで「不登校」や「学校」をひとつのイメージで思い込み語ってしまっては誰のためにもなりません。
何度もいいますが、不登校はみな理由が違うのです。だから不登校を同じように語る事や対応する事自体がナンセンスなのです。
ラベリングにとらわれない理解と支援を
端的に言えば、不登校といっても全ての子が精神的に不安定なわけじゃなく、昼夜逆転してるわけじゃなく、人が苦手なわけじゃないのです。
ゲームや動画視聴も、子によっては止めなければいけない場合もあるし止めてはいけない場合もあるのです。
私は長女の時に不登校の理由は『不安が強いから』『学習障害だから』と思い込んでいました。実際それが前面に出た悩みだったので仕方ないとも言えるのですが、長女の支援としては本来本人が必要としていたものとは違っていたので、自信をどんどんなくす結果となっていました。
自分の経験を踏まえて思うことは、大人が子の抱える悩みや課題を自らの思い込みを排除し真摯にそして客観的に受け止めることが大切だということです。
それは子の言いなりになればいいと言っているわけではなく、子が安心して成長に必要な悩みにぶつかり、それを乗り越えられる環境を用意することだと私は思っています。

簡単ではありません。だからこそ保護者、学校、必要であれば医療、福祉がチームを組み、それぞれが主体性を持って子を支える社会の仕組みが必要となります。
特に学習についてアセスメントし、学校や保護者に学習方法や使うテキストなどを具体的にアドバイスする支援職の育成が急務だと思っています。
勉強のことを一番気にしているのは、親でもなく学校でもなく子ども本人だからこそ、教育のプロによる学習アセスメントが必要になってきます。
不登校をラベリングすることは、この社会システム構築の最大の敵だと私は考えます。